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1.八本松八十八石仏のいわれ
@ 明治末期北海道開拓で富を得、現在のJR山陽本線八本松駅近くに帰ってきた
堀岡熊次郎が中心となって、一連の石佛群を建立した。
かつては、参勤交代の西国大名も通った旧山陽道も通じていた八本松だが、
大正末期には人家もまばらな田舎であった。人の集まるものを作りたいと、四国
霊場88ヶ所になぞらえて、四国の各霊場の本尊と同じ如来・菩薩などの石仏を
刻み、1番から88番までその順に設置したものである。大正15年(1926年・
昭和元年と同じ年)に完成し、5月に開眼供養を行ったものと推定される。
| 平成22年5月、八本松八十八石仏の開眼供養当日の右の写真が見つかった。残念ながら、撮影の日付はわらない。 最前列の4人の僧侶は、四国からお迎えしたものと思われる。また2列目中央の背の高い人が、石仏建立の中心人物の堀岡熊次郎さんである。 |
![]() 写真提供は、中曾由美子さんによる |
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A 写真のような舟形光背をもつ半面浮き彫りの石仏像で、 高さ 約90cm、重さ約150kgである。材質は地元の 大山から切 り出された花崗岩である。 B 協力者88人を募り、1体につき10円の寄付を求めた。 (大正14年大工の手間賃が1日3円20銭であった) 石仏の右側面に寄付者の名前が刻まれている。興味 深いことに、その人の当時の年齢(数え年)が石仏の 番号と一致する。75番以降の中には、高齢で該当者 がなかったためか記名のないものが6体ある。 |
| 75番 薬師如来 |
2.現状の概要と定期石仏めぐり
@ 長い間地元の人でも全容を知っている人がいなくなっていたが、10年前から謎解
きをされた石仏の会の会長夫妻を中心に、1998年7月に「八本松八十八石仏の
会」が発足した。発足当時4体の石仏は所在不明であった。いずれも1945年(昭
和20年)9月の枕崎台風による山崩れなどで流失土砂に巻き込まれたものと思わ
れていた。
A このうち2体は、1999年6月の集中豪雨による山崩れをきっかけに、石仏の会の
会員によって発見された。
B 残る2体は大捜索を実施したが発見に至らず、新たに彫刻し建立した。これも会員
の一人が意欲的に制作したものである。
C このほか、道路建設や宅地開発のためにコースから外れていたものもほぼ巡拝コ
ースに再移転された。
D 1番から48番までの 山コース は、標高差320mの山に登って降りる。48番から
88番までの 里コース は、小さな岡越えはあるが高低差はほとんどなく市街地や
周辺の里道をめぐる。
全行程約9km、所要時間は山コース約3時間、里コース約2時間、
休憩時間を含めて全行程で6時間余りと見ればよいだろう。
E 石仏の会主催で、年2回一般参加者をご案内する定期の「石仏めぐり」を実施し
ている。
春の石仏めぐり 4月第1土曜日を予定
秋の石仏めぐり 11月下旬土曜日または日曜日を予定
今年(平成24年)春の石仏めぐりは、4月7日(土)の予定
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次の項目については、ご希望の項目をクリックしてください。 3.石仏めぐりコース案内 4.石仏一覧(1番から順に) 5.石仏の種類と特徴 6.石仏の微笑み |
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