中途半端な僕ら


 
道は何度も分かれていたんだ。
小学生のとき引っ越した先には剣道の道場はなくて、強さを生むための辛い練習に半ば滅入っていた僕は隣り町の道場を見付けなかった。
いい高校に行きたかった、だから中学3年生になった春、それまで打ち込んでいた野球部を辞めた。弱いチームじゃなかった、でも勉強でなら、あの中学校で1番になれるかもしれないと思ったから。補欠ぎりぎりの戦いの中を走るのがもう嫌だったから。
滑り止まって進学した高校の野球部の野球は野球なんてもんじゃなかった、でも『強いバスケ部』に自分は溶け込めないような気がした。
そしてその頃には勉強で1番になれないことは身に染みてわかっていた。
 
1番。
何かで1番になれると思ってずっときた。でも無理なんだ、そう気付いた頃、君と出会った。日本一を目指してリーグ戦を戦う君。そんなんありかよ…。
一流には一流が似合うよ。僕は君に憧れるけど、横には並べないから、そんなふうに微笑まないで…。
 
仕事にトレーニングに大忙しの君、僕はまだ走りだせず、ビール片手に野球中継をぼんやり見つめる。僕はどうやったら1番になれるんだろう。
 
 
『夢』ってなんだっけ?あったっけ?
今、日本一を目指すアイツは、そもそもサッカーが夢だったと思う?ただどこにでもいるサッカー小僧だったんだよ…、いつの間にサッカーがアイツの夢になったって言うんだろ、ね。
サラリーマンにもニートにも、過去のサッカー小僧はいっぱいいるぞーっ!って叫んだところで私のおいてかれた気持ちは変わらないんだけどさ。なぁにが違うんだろね、水泳バカだった私と…。
数合わせに引き込まれた苦手な合コンで出会った彼女に僕は吹き出した。誰でも程度の差こそあれ1番を望むものなのかね。
 
 
それから少しクリアな気持ちで過ごせる自分に嬉しくなる、そんな日が過ぎて『水泳バカ少女』だった彼女からの電話が鳴った。
あのね、アイツは日本一になるかもしんないけどね、それでも手に負えないバカだし、自分でちゃんと部屋の掃除もできないんだよ、それで…、なんだっけ、そうそう実は私が思うに、アイツは日本一になるかもしんないけど、それでもすっごい普通なのがわかったの。彼女できなくて悩んだり、練習で失敗して落ち込んだり、1番なんて目指すもんじゃない!って思うこともあるんだって。けどね、上を目指すためにソコヌケに前向きだから、私はアイツを応援することで一緒に1番になることにしたわ!
うん。
でね、別に世の中、『1番』か『普通』か、の二択じゃないけど、『普通』に満足できないんならそいうのもありだよ、って。こないだ会ったときがちょっとしんどそうだったから、伝えたかったの。余計なお世話だったらごめんね。
うん、わかるよ、なんか。
彼女の笑顔が電話の向こうに見えるようで、僕もつられて嬉しくなった。一生懸命な彼女の気持ち、それだけでその瞬間は彼女が誰よりすごいんだと気付いた。それを彼女に伝えはしなかったけれど。
 
 
僕はなんだかとても中途半端で、頑張りたいことですら人並みに踏ん張りがきかない日があったり、苦手なことには妙に愚痴っぽくなったりするんだけど、たまに人を応援する気持ちが1番だったりする日が僕自身を生かしていくんだろう。
したかった仕事をしているか?
傷付けず傷付かず生きてるか?
充実できる趣味を持ってるか?
全部普通だよ、それが中途半端に治らない傷みたいにジクジクしてたけど、それも案外悪くない。応援すべき英雄に出会え、惹かれるには不可欠な土台だったと信じられるから。
 
水泳バカ少女だった彼女は彼女の方法で1番になれたわけで、そして僕に誰よりも素敵なエールをくれたすごい子だったくせに、自分を中途半端だとくやしがってたんだなぁ…。
もう一度携帯電話を手にとって、電話帳から君の名前を選ぶ。
君の1番になりたい!なんてそんな図々しいことは言わないけれど、一緒に頑張れるように、また僕に微笑んでくれるだろうか。


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