君の笑顔があればいつでも元気になれるんだ!
そんなメールを受信ボックスから削除して、ふぅっと息を吐きだした。
彼が好きになってくれた私の笑顔ってどんなんだったんじゃろぅ。
今はよぅわからん、だってあなたが私の笑顔を持ってっちゃったんやんかぁぁぁ。
はぁぁ、だめだめ、またため息だ。
この3ヶ月というもの私はちゃんと笑えてるんだろか。
うぅぅ。それでも就職試験はやってくる。採用担当のオヤジがうざかろうが頑張らんといけんのよ。
心の色を映すみたく外はシトシト雨模様。まだまだ肌寒い。せめて晴れてくれよぉ。
就職活動も出会いはない、ありそでない。
テンパり気味のひきつった笑いに魅力はない、自意識過剰な内定コレクターもいたって論外…。って私も一緒か?
いやいや、ていうか別に出会いなんて求めてないもん。
あぁ一般教養っ、ほんとはそんなん見とらんのんじゃろぉ、もぉやだぁぁ。
はぁ、就活終わったら映画観よ、カラオケ行くんもいいなぁ…、っていうか一人やったらよぉ行かんしぃ。
まぁええわ、終わってから考えよっ、今日はスキヤキ、スキヤキっ。
クスクス。
へ? 斜め前に少ぉし離れて立ってるスーツのお姉さんが笑っている?
ごめんごめん、確かに説明会はまだ始まってないけどな、他の子らは大概企業説明の冊子やら読んでるのに、さっきから冊子に手も触れずに、えらい表情ころ
ころ変えてるから。
うぁ、きれいな声。周りに気遣って小声で話す声にもう少し耳を傾けてたい、って思った。
ご、ごめんなさい。会社に興味ないわけじゃないんです。
うん、大丈夫よ、まだ始まってへんし、そもそも今日は面接じゃなくて説明会やからね。
うは〜、やってもた。こんなんじゃ就職先決まらんぞぉ…。
ほらまた眉間にシワ寄せてぇ。
クスクス笑うお姉さんキレイぃ。そう思ううちに司会の人が話しを始め、目配せをしてお姉さんは離れていった。
いいな、なんか好きな笑顔やったな。
穏やかで静かな感じの、接客用ではない笑顔…。
おぅ、よだれ…っ。
眠っていた、ゼミ教室の机。いつの間にか。
あっついなぁ、就職の内定も出てもう夏だ、相変わらず立ち直ったともいえない自分が嫌になる。ん、いゃ、でも最近いいなって思うのはいるっちゃいるんよね…。どこが、っていうとまだよくわからんのんだけど…。これを立ち直ったと呼ぶのかなぁ。
友達が最後の試験勉強もそこそこに卒業旅行の計画を練る食堂、大学院受験をひかえた子ぉらが引き込もった図書館…。んー、暑いけど屋上行ってみよ。あそ
こからはグラウンドも見えるしな。
夕方にはまだちょっと早い午後、グラウンドはサッカーで盛り上がってる。あぁいっこ下の学年の子たちだ、いいなぁ男の子は。
息をおおーっきく吸い込む。
いつの間にか胸があんまり痛くない。
去年の夏はこの屋上から一緒に花火を観たっていうのに、強くなったね、私。
青空になら笑顔になれんじゃけどなぁ。
吹く風すらもう熱いけど、サッカーボール蹴って大声はってんのが、あの子な気ぃする。
いいなぁ、やっぱ男の子はっ。
男に産まれてたら自分で笑えた気がするんよ。女な自分は「誰か」のために笑いたくて、そうやって長く過ごしすぎちゃったから、人のためにしか笑えんくなっった気がする…。
購買部に続く階段ですれ違ったのは君で、「こんにちは!」ってにっこり微笑まれてしまった。
あ、この子挨拶するとき、いつもすっごい嬉しそうに笑うんだっ!
スポーツマン独特のニカッて感じ。自身満々ベンチャー若社長の『ニカッ』じゃなくて、もっとぎゅっと爽やかな『ニカッ』。
それはもう不思議な感覚で、私は笑顔に引き込まれるふんわりした心地よさを思い出した。同時にちょっとさみしくなったけど、通り過ぎた後も明日の分の元気をもらった感じにあったかさが残った気がするから…、まぁいっか。
一段階段を上がれたんよ、今日。特大クマのヌイグルミに今夜は報告じゃ。
冬がやってきたら、もうすぐ卒業。
今日さぁ、廣田が授業中オナラしとったじゃろ。
うそぉ。
なんかブッて音は聞こえてんけど消しゴムの音とかと思ったぁ。
ほんまなんじゃけ、うち後ろの席じゃもん。
えー、うそぉ。
いややぁぁーっ!
もつれるようにハシャギ声をあげて、私の前をランドセルの少女達が歩いている。無邪気な笑い顔。
あんな頃、あったんよね…。あんましよく覚えとらんなぁ。
悩みごとある?悲しくて辛いってわかるん? 彼女達に重ねて少女だった自分に問いかけてみたくなった。
いつもよりかちょっと早い帰り道。
だんだん早くなっていく夕焼け。
小学生の自分かぁぁ。いっぱい悩んでた気もする。他の子より足が太いとか、ピアノがうまいこと弾けんとか。かっこいいお兄ちゃんがおる子が羨ましくってふてくされて…。西日の射す教室に友達と二人残されて、担任の先生に怒られた場面も浮かぶ、記憶と呼べるほどはっきりしたビジョンじゃなくって…、なんで怒られてたんじゃろぉ。
ほんとにあの子達みたく私もキャイキャイ笑ってたんかなぁ。
真希ちゃんとこ、コイヌ飼ぅたんじゃってねぇ、聞いた?
へぇ、知らんよ。いつ?
いつからかはお母さん聞かんかったけど、躾がなかなか大変て言ってたわ。あんた最近は真希ちゃん会わんの?懐かしいじゃない、見してもらってきたら?
真希は中学までしか一緒じゃないけぇ…、ええよ。犬ももうしばらくはええけぇ。
そう言った割に、大学帰り日暮れの駅のホームで真希に出くわす私…。
うわ、久しぶり。OLなんよねぇ、今。電車でなんていつもは会わんのんに。
いつもは車じゃけぇね。今日はたまたまよ、弟に車貸しちゃっとるけぇ。
ふへぇ。そいえばお母さんに会ったん?
うちのオカンとじゃろ、イヌ飼ぅたん聞いた?
うん、そんな話しょった。
それもな、弟なんよ、あいつ獣医学科行っとんじゃけど、学校の病院で引き取られたコイヌもらってきちゃってんて。
何犬?
ゴールデン。先天性の病気持ってるらしいんじゃけどね。そや、せっかくやし、うち寄ってく?寄ってもそんな遠回りにならんじゃろ?
んー、ほんじゃちょろっとだけ…。
うん!うちに一応電話してみとくわぁ。
コロコロ!な時期はもう過ぎてスラッと一番細い時期なんじゃないかなぁ。
コイヌは帰宅した『姉』にひとしきりじゃれつき、『お客様』に愛想を振り撒き、目のとれた、耳がもげそうな『うさぎさん』を嬉しそうに振り回している。
やっぱイヌいいなぁ。
佳奈んちのイヌ、死んじゃったんて…?
あ、うん去年。
そっかぁ、もう飼わんのん?
んー、飼いたいけど、就職したら一人暮らしもしたいけ、その後のこともまだ全然わからんじゃんねぇ。
そっかぁ、そうやんなぁ…。
イヌの顔ってなんであんないつも笑っとんじゃろ…。
ニカッ
ヘッヘヘッ
そんな擬音語が似合いそうな…。
あぁ、イヌが好き。また心通わせて、一匹のイヌと元気に笑いたい…。
私の笑顔はパロがくれたもんやったんかなぁ。
そいえば、イヌの笑い顔とランドセルの女の子達の笑い顔って似てる。『無邪気な笑顔』かぁぁ。それが私の欲しかったものなんかな。
君の笑顔があればいつでも元気になれるんだ!
その笑顔復活に足りないワンピースはなぁに?
自分にずっと問いかけとんよ。
暗い気持ちがはれても、楽しいことを笑えるようになっても、友達の背中を笑顔で叩いても足りない、最後の一カケラは何?
穏やかさ、爽やかさ、無邪気さ…。
私、パロがいたから笑えたん?
彼がいつもいてくれたから笑えたん?
それじゃあ、一人で立てんじゃん…。
大晦日が近くて、部屋の掃除を始めた。
レポート用紙や本の間からパロの写真が出てくる。いっぱい。
太陽みたいに突き抜ける笑顔のイヌ。隣には太陽の笑顔の私。
アルバムに入れとかなきゃ…。
開いたアルバムには彼の隣で太陽の笑顔の私。
涙が一粒。
鼻水が止まらなくなる前に彼のページは通過じゃっ!
めくる。どんどん昔へと。
違う彼と笑う私、実習先で班の子たちとふざける私、成人式にちょっときどって笑う私。高校の卒業式、体育祭の泣き笑い、中学、小学生の笑顔の私。コイヌのパロの笑顔。
なんだ、なんだなんだ?
パロはコイヌの時も神様の近くへ旅立ったその年もおんなじ太陽の笑顔。
うん、それで…。
もう一度、体操服の左袖に自慢気に徒競争1番の赤いリボンをつけて笑う少女を見た。普通の子はリボンを体操服の胸につけるのに、足の早い高学年の子達だ
けが左袖に自慢気に、その足の早さの証である小さなリボンをつけていた。
自信満々に笑う少女。
ずぅーっと変わらない、私はずっとこの笑顔なんだ。
失ったわけでも忘れたわけでもない、大人になって亡くしたんじゃない、育ってきながら、小さい頃から。いろんなことにぶち当たっても、太陽の笑顔は私の中にあるんじゃ。
自然と笑いがこみあげてくる。
今年も…、来年も、かな、初日の出を見に行こう、パロと毎年登ったあの小さい神社へ。
新しい朝日を浴びて、そして私は目を覚まして、また元気な太陽の子になるんじゃね。