獣医の卵 編

11    牧場・思い出:昼バージョン (2004/07/14)
 
夏の牧場。
クラスそろっての最後の実習。
熱気の中、やたらめったら牛の直腸に手をつっこんだ。
右に寄った左の腎臓を触り、子宮を触り、胃を触り。
人工受精の練習。
そして胎仔を触り、胎盤をさわり、母仔を結ぶ臍帯動脈を触る。
勢いまかせに1週間は過ぎたけど、ちゃんと振り向いてよかった。
僕らはこんなに生命に触れてたんだ。
 
実習のために、鼻をひっぱられた牛は鼻から血を流し、
直検の後は血の混じったユルイ便をした。
手術で下手な麻酔にしばし暴れる牛を押さえ、見つめ、
淘汰される命の安楽殺に立ち合う。
 
元気とパワーと笑顔でハシャギ過ぎずに、僕らはちゃんと感謝を捧げた?
 
暑さに座り込んでは、朝乗った馬に踏まれかける僕に 先生の心配顔。
牛に蹴られた先生、友達、
牛を蹴って追い立てる先輩。
仔馬に咬まれたのもみんな僕らの大事な経験。
いずれ血になり肉になる。
 
ノウサイの先生と歩くと、キャーキャー牛糞を避けた昨日の自分も恥ずかしくなる。
突然のオシッコを手ですくい、体温計の便を指でぬぐう…、
それが僕らの見た獣医師。
 
動物が大好きだ。
牛も馬も今までよりずっと大好きだ。
産業動物であってもなお こうして好きになっていい?
青空の下、熱気の中、ときにだらけて、弱音を吐きながら、
それでも僕はここで、確かにいっぱい感動してたんだ。
 
 

12    動物の話をしよう (2004/05/20)
 
今日、進学振り分け直前の学生さんへのガイダンスの手伝いについていった。
私も一人の学生として、迷ってる人の質問に答えてあげるため。
ガイダンスが終わったとき、私のところへ質問に来た女の子がいてこう言った。
「本当に動物が好きなら、獣医になるための実験とかは辛すぎて耐えられないって言われたんですけど…」
私は心から嬉しいと思った。
こういう子に獣医になって欲しいと思った。
実際、獣医はきつい。
矛盾と格闘し、自問自答を繰り返し、泣き、悩み、苛立つ日々が続いたこともあった。
特にうちの学校は純粋に獣医師を志す人の比率が少ないせいもある。
それだけ周りは優しくないし、苦しい。
でも、ただ慣れるわけじゃなく、今はその頃とは違うと思う。
まだ思い返しても答えが出ないこと、間違ってると思うこともある。
思いを口にすれば、私が変だと言われるのを知って、言わないことも山のようにある。
でもだんだんと、動物を救うための知識が入ってきて「救える人」に近づいていて…、
全ての動物に『ごめんなさい』と『ありがとう』を言って進めるように今は思う。
飼い主の痛みまで考えられる獣医になれると思う。
 
その女の子にそんな話をちょっとして、
「私はあなたみたいな子にこそ獣医になって欲しいと思うよ」と言った。
 
 

13    歩く歩く歩く。 (2004/04/05)
既に君の瞳に青空が映ることは二度となく、
だけどこれと言ってへこたれた様子もない。
君が何に誘われて小走りになるのか僕は知らない。
盲導犬でも聴導犬でもない、目の見えない僕のイヌ。
なのに僕より生きる力が響いてきてて、だから静かに僕は抱きしめる。
 

14    今 (2004/01/23)
 
チャメの命日が1日、2日・・・と過ぎていくのを感じながら生きている
 
去年は直視しづらかった馬の解剖も今年はそんなに苦痛じゃない
一人しゃがみこんでた後輩は去年の私?
それとも今年の風邪ひきさん??
 
慣れたのか 変わったのか 成長したのか?
実習や実験の動物への想いはどんどん複雑に解きほぐせなくなっていくけど
いつか分かる日が来るのかな?
私は考え続けたい
動物の愛しさを知っているんだから
 
 

15    慰霊祭 (2003/12/5)
 
今年も慰霊祭の日が来て、
キャンパスのすみの小さな慰霊碑に黙祷をささげに人が集まる
多くの人が参加するけれど その振る舞いに「儀式臭さ」を感じて
行き場のない思いに親友と立ち尽くしてから一年
 
一年で傍目に私は強くなり、友達も強くなり、
自分を隠すことを学んだせいで よりいっそう他人が分からなくなる
どこまでが「みんな感じること」で
どこからが「変わり者」と見られることなんだろう?
人の感じ方なんてきっとグラデーションのようにちょっとずつ違う程度のもの
そう思うのに、私たち二人が笑顔の人から浮くのはなぜなんだろう?
 
気持ちをさらけ出して大きなトゲが刺さらないように、
守りに入って小さな擦り傷を増やす
みんなと同じフリ
そうやって消化されないまま 想いをもみ消した人たちが
私たちの前にもいっぱいいたのかもしれないね
そう二人で笑って今年も慰霊碑の前で私たちを育ててくれた一年分の命に
ありがとうを言った
 
 



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