獣医の卵 編

16    実習開始(2003/10/24)
 
イヌを使った実験の開始。
イヌへの対応はひとそれぞれ。
今日イヌは私たちに麻酔を教えてくれて、
数時間たってフラフラと頭をもたげた。
うちの班だけが投与した薬の違いで醒めるのに夜の10時を回って…。
誰もかも忙しいんだけど、
だから「後は見るからいいよ」っていう言葉に嘘も裏もないんだけど、
「私は最後までいるよ」って誰か一人でも自分から行ってくれたらいいのになあと思う。
それが使わせてもらってる命への正しい態度だと思う。
とはいえ、
臨床系の研究室に進学しなければ自分だって気付いたかわからないから
しょうがないのかもしれないけど。
 
フラフラだけど立ち上がったので、
ちょっとだけ夜の散歩に連れ出してみた。
初めてかもしれない散歩はもう真っ暗で、足も不思議に絡まって、
星も何もない空だったけど、
冷えた風にあたって 小さな女の子を数時間前につけた名前で呼んで、
切ないような泣きたいような気持ちになった。
人はこれを『疲れ』だと言うかもしれないけれど、
この命にも終わりがくる、数えられるほどしか散歩も知らずに逝くんだという事実に
心が鳴るんだと思う。
 
みんな一回でも多く遊んであげてね。
命は週一回数時間付き合えばすむような簡単なものじゃないから。
 
 

17    『ビー』たち (2003/07/31)
 
実験犬は多くがビーグル犬です。
動物愛護と言って過激に動物実験に反旗をかかげる気はありません。
でも医学のために全部OKと笑って言えるほど現実もきれいではない。。。
 
でも、
実験犬を使って研究をしている先輩がいて、
その先輩はナンバーではなく1頭1頭に名前をつけて、毎日彼らと遊び、
名前を呼ぶ。
「マルビー」「シルビー」「びーさく」「モビール」・・・
月に一度はシャンプー。
すぐにまたフンで汚れるんだけど。
 
イヌ達はその先輩が大好きで、甘え、尾を振り、ついて歩く。
最後の日の前の日はもう一度きれいに洗われ、おいしい餌をもらう。
最後の日のために先輩は新しい胴輪を買い、最初で最後の長い散歩に行く。
 
彼らは幸せだったと思うんだよね。
この先いずれ自分達もビーグルを使う日が来る。
私もかわいい『ビー』達に笑っていてほしい。
 
 

18    シャンプー (2003/6/27)
 
病院に来る日はいつも(?)午前中からおとなしく繋がれて待っていて
名前を呼ばれると尻尾を振る。
「なでて♪」
決して吠えず、近くで仕事をする人に穏やかに身を寄せる。
どこが悪いんだろう?
そう思うほど器量良しな容姿。
 
でも彼女は腫瘍の治療中で、
治療と言っても押さえ込むしかできないステージで
爆弾はいつ暴れだしても不思議はないんだって。
頑張って生きて。
少しでも長く飼い主さんを見つめてあげてね。
 
何もできないけど、私も少しでも長く毛をなでてあげたい。
ギリギリのバランスの中に生きる彼女に、
すごく『命』を感じてもどかしい。
 
 

19    ぎんこ (2003/6/27)
 
イヌもネコも入院しているとちょっと心が寂しくなっていて
彼らは可愛いだけのヌイグルミではないから、
柴犬は泣き止まなかったり、
顎を切除したビーグルは今までと違う声で一生懸命鳴いたり
ゴールデンが1本の前足に顎を乗せて寂しそうな目で見上げたり、
チビイヌはケージに近づくだけで威嚇したり、、、
ネコは触らせてもくれない。
 
まだ学生の私には自分の担当の子はいないから
私にとくべつ愛想を振りまく子はいない。
ニコニコしてはくれても担当の先輩が通ればそっちに跳んでいく。
 
でもギンコはとてもいい子で、
いつも喉をゴロゴロ鳴らしてケージに擦り寄って甘えてくれて、
まだ病院では新米で ときに居場所のない私を迎えてくれた。
ギンコ大好き。
軽い病気じゃないけど、でもだからずっと居て、
ずっと大好きだった。
一度だけケージから出して抱かせてもらった。フワフワ。
 
ギンコ退院。
多分また来るけど、おめでとう。
おうちに帰れるね。ありがとう。私も頑張るよ☆
 
 

20    リティ (2003/6/26)
 
ここ何週かは毎週、少しずつ手術見学をさせてもらっている。
 
はじめて手術の手伝いをさせてもらった。
それは「器械係」と呼ばれる仕事で、
オペを行う先生達に横から器具を渡す。
全てのオペに器械係がつくわけじゃないので
そんな仕事があることさえその日に知ったぐらいだった。
オペの助手を努める先輩は2年目の女の人。
患畜のゴールデンの手術前処置を行う前から、その日は風邪で不調を訴えていた。
 
オペ室で…、
「あやちゃん、器械係やる?」
「え…」
「やってみよう!」
何もわからない私を使うより、他の慣れた先輩に頼む方がスムーズにいくのに…
逆に迷惑をかけそうな懸念に不安を覚えつつ
既に胸はドキドキ高鳴っていた。
 
オペ前の手洗いからキッチリ教えてもらい、オペが始まり、終わる。
無菌のためにずっと肘から下げれなかった手のダルさも誇らしい。
 
先輩はにこにこと時々先生と言葉をかわし、私に丁寧に仕事の指示を出す。
そして長時間のオペを終えた。
「縫合は先生お願いしますねぇ☆」
先輩は微笑んで深夜の手術室から出ていった。
アタフタしながら私は縫合を手伝い、迷惑をかけながら片付けを教わった。
 
先輩がオペ室を出るなり座り込んで動けなくなっていた、
と聞いたのはその後のことだった。
 
緊張したり疲れたり、風邪気味だったせいもあるのか片付けの後
私自身、腹痛を起こしその日の見学を終えて帰路についた。
帰り道お腹はよじれるように痛みを増し、
家に着くと布団も敷けずに倒れこんだ私は心から先輩を尊敬した。
オペ中どれだけ辛かったんだろう。
通常 助手の先輩達が先生に縫合などをまかせてオペ室を出ることはありえない。
ギリギリのとこで立ってたんだと思う。
そして私に教え、安心させるようにずっと笑っていてくれたから、
私はまた、こんな先生に(先輩に)なろうと思った。
 
こんな先輩がいるところで勉強できて幸せ。
私でも何かできるなら使ってほしい。
すごくいろんな意味で前進した気がした日だった
 
 



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