〜 とも君とネコ 〜
走って学校から帰ってくる。いるとすればこの辺。草の中にはいない。車の下にもいない。駐車場のコンクリートの上。いるとすればそこにいる。ススはそこにいる。
ススを見つけてニンマリ、座り込む。ススは触らせてくれるネコ。とも君の住んでいる住宅街にはまだ野良ネコはたくさんいるのだけれど、人に体を触らせてくれるネコは珍しかった。ススは珍しいネコ。きっとちょっと年をとっていたから、子供に触られてもそれほど気にしなかったんだろう。ススの胴を両手でかかえて、足をぶらーん。だっこ。うれしい。
とも君はススといるのが大好きだった。その当時、野良ネコが人にうつす病気があるなんて知りもしなかったし、ススが病気を持ってるなんて、母さんに言われたって「ふんっ」て感じだった。だってススと遊んで帰ってきて、手を洗わなくったって何も起こらなかったもの。
ススに『スス』という名前をあげたのは とも君。家にあった子ネコの写真集にそっくりの模様のネコがいて、写真の下に「スス」という名前が書いてあったから。「スス」っていう名前は とも君にとってちょっと衝撃的だった。『うちのタマ知りませんか』っていうネコのキャラクターがはやっていて、「タマ」も「クロ」も「トラ」も「ポチ」も耳にする名前だったけど、『スス』は始めての名前だった。「鈴」でもなく、「スス」っていうのは すごくオシャレだな、と思ったんだ。だから、とも君はその野良ネコをススと名づけて すごく大好きだった。いっぱい遊んだ―――ネコの方には遊んでる気はなかったんだろうけど――― けど、いつもススがいたわけじゃあなかったから、ススがいなくなったときも、泣いて探し回ったりはしなかった。会わない日の間隔が伸びただけみたいだったし、他にもおもしろいことがいっぱいあって毎日まっくろになって遊んでいたから、いなくなっても とも君の今日は変わらなかった。
そして いつの間にかススはいなくなった。『ネコは自分の死期を悟ると自分から姿をかくすんだ』ってその後知ったときも、もう悲しいと思うほどではなかった。「…、いや、悲しかったのかな?過ぎた日の感情はどこにあるんだろう。そのときはどんなに強い感情だったとしてもおぼろげにさえ思い出せないこともある。そのことの方がちょっと悲しい」
追いかける野良ネコが近所にはまだまだいっぱいいた。
ある日は野良の子ネコを追いかけた。アパートの、誰も住んでいないらしい1階角部屋のベランダでニャーニャー子ネコの声が聞こえていて、子供3人ぐらいで外からよじ登ってネコを探した。子ネコは恐がって物陰に入り込み結局捕まらなかった。
ある日は車の下の子ネコを見つけて、何人かで車の四方を囲んで捕まえようとした。子ネコのフワフワの毛皮に触りたかった。子ネコは恐くなって車の裏のどこからか―――本当にどこからか―――、車の中に入り込んでしまった。後で大人が騒いでいたけれど、とも君たちはその後 子ネコがどうなったか知らない。
ある日は町内のちょっと古い集会所の中でネコの声がしていて、でも扉も窓も使わない日は全部カギがかかっていて、しょうがないから友達と二人、テレビやマンガでやってるみたいに針金で開けられないかな、と思った。でも針金がなかったから細い小枝を見つけてきて突っ込んだ。ら、折れて……、先が詰まったまま取れなくなったから、なんだか恐くなって逃げた。
数日後、子供会の用事の仕事をしている母さんが「集会所の鍵が壊されてる」と言ってひどく怒っていて、大人達がみんな怒っていて、すごく恐かったから、このイタズラは とも君の心の引き出しにしっかり隠された。でもなんで よりによって木の枝なんて突っ込んだのか……。
「そんなに頭が良くはなかったんだろうね。そしてワシントンのように正直でもなかった。でも、それが『普通の子供』の枠から外れていることだとも思わないけれど。」
そして集会所のネコのことなんてやがて忘れた。
ある日は本当に子ネコを捕まえた。自転車のカゴに、イヌだったかネコだったかを乗せてニコニコ走るCMをその頃やっていたんだと思う。あるいはアニメやマンガでやってたのかもしれない。とにかく、そんな『動物との共生』っぽい構図に子供らしく心躍らせて、とも君は子ネコを自転車のカゴに入れた。おびえた子ネコは5mも走らないうちにカゴから飛び降りた。その子ネコを自転車の前輪が轢いた。子ネコはそのままどこかへ逃げ去って、子ネコを轢いたことは誰にも言わなかった。
すごくショックだった。
そんなだったけれど、確かにとも君は動物が大好きだった。夜泣きの赤ちゃんの声がネコの声に聞こえて布団の中でウズウズするほど。誰より動物が好きな自信はあったけれど記憶の引き出しにはそんな思い出ばかり。小学5年生の時 祭りの夜店で買ったヒヨコは一晩も生きることができなかった。
大好きなだけではマンガやテレビのような物語も、心の絆も何も生まれなかった。動物と一緒にいたいほど傷つけるばかりなんて不思議。
「ただ、動物を幸せにするための知識が足りなかった、のかな、きっと…」

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