エピソードZERO


〜 とも君の話 〜



5    第四章
〜 ある卵が生まれたとき 〜
 
 
    『私が獣医学科進学を希望する理由』           2001/×/×
関本 あんず  
 私が今回の編入試験により獣医学科を志望したのは、何より獣医師になりたいという夢のためです。大学入試の際は学力不足もあり獣医学科に合格できませんでしたが、当時合格していた学科も自分にとって非常に興味深い分野であったため、浪人して獣医学科へ、という道を選ばず現学科に進学しました。獣医師よりも現在の学科から目指せる仕事に関心が出るかもしれない、と進学当初は考えたのですが、来春卒業という現在、1つの学問を修めた上で、やはり獣医学を学びたいと思ったため本試験による獣医学科への編入を希望しました。―――
 
 
  ジェリーはあんずと仲がいい。あんずはジェリーより3つは年上なはずだけど、全然そうは見えない。クラスには浪人、留年経験者はちらほらいるし、2,3歳なんてこの年になればそう変わらないのかもしれない。
  あんずは、今ジェリーが直面する疑問や悩みに既にたいてい出会っていて、答えは持っていなかったとしても、その悩みに真剣に向き合う土台があるから、と いつかジェリーが言っていた。
 
 
――あなたは獣医師に今 求められている仕事は何だと思いますか?
――私が最も重点をおいて考えるのは、動物と人の間をつなぐことです。日本は欧米ほど伴侶動物としての動物との付き合い方が確立されていないので、飼い方や様々な知識を一般に広めてあげられると思います。
――他には?
――人のパートナーである動物を生かすこと。それにパートナーになれなかった野良イヌなどの生きる道を模索することも大切な仕事だと思います。
――産業動物に関しても獣医師の仕事ですが?
――あっ。はい。ええと、人々に安全な食料を供給するための管理、衛生についての啓蒙も大事だと思います。
――産業動物では、獣医師は病気が見付かれば殺すのが仕事ですが、それは知っていますか?
―― ……、知りませんでした。
 
 
  獣医師は生かすだけやないんやて。学ぶ過程にしたって殺して学ぶようなもんや。
  でもどうしたって あたしは獣医にならんとあかんから。
 
 
 
 
  あたしな、ずっと家でウサギ飼っててん、ほんまちっさい時から。
  でな、小学生の中学年とき、担任の先生が恐ぁなって学校に行かれんくなったときがあってん。けどな、そん時おとんもおかんも やっぱ学校行けぇ行けぇ言うて恐かってんけど、ウサギだけは絶対あたしのこと責めへんやろ。せやから、その頃からやね、動物むっちゃ大切になったんは。
  おかんの前で泣きよると、またエライ怒りよったりするし、毎日毎日ウサギ抱いてこっそり泣きよって。したらウサギがうちの涙ぺろぺろ舐めるんよ。「ちゃんと味方はおるんや」って思った。
  誰より大切や思ってん。
 
  けどな、それから段々いろいろ良うなって友達もめっちゃできて、学校がおもろなった頃、冬、ウサギが調子おかしなってん。
  で、おとんが病院連れてって、その日のうちに連れて帰ってきて「注射してもらったし、暖こうして」って言うとって…、次の日学校から帰ってきたら死んでしまっててん。あたしが学校行ってる間にな。
  まだ小学生やし、「注射してもらった」って聞いたら獣医さんが家帰してくれるぐらいやし、すぐ良うなると思うやんか。良うならんぐらい悪かったら入院させてるはずや思うし。
  ありえたのんは3つ。そんときの獣医師が重症度を見誤って家帰したか、もう助からんから最後は家で死なしたり、と思って、でもそれを言わんと帰したか。後は おとんがそう言われてたけど あたしに伝えなかったか。おとんが言わんかったとは思えんくって。なんとなくやけど。したら、獣医師が信じられんくなるやん。だって、絶対助からへんのやったら、そう伝えてくれたら最期の瞬間まで一緒にいれたやん。ありがとうとお別れして、抱いててあげれたやん。ウサギだって一人で逝くよか恐なかったかもしれへん。飼い主の望むことがわからん獣医師は失格やし、診断力がないんも最低や。せやから、それからずっと、あたしはそうじゃない獣医師になりたいんよ。自分の友達は自分で救えるようになっときたかったし、今いる獣医師は信頼していいかわからんからなぁ。
  ま、その割には色々遠回りしてんねんけど。
 
 
  ジェリーが涙をためていた。
 
  一週間の牧場体験。そして明日の昼の電車で帰れば待っているのはゴールデンウィーク。最期の夜はひとしきり酒を酌み交わして盛り上がり、早々につぶれたやつらを笑いながら介抱すると、ジュリーとあんずと、また星の下に出た。ウシの匂いにももう慣れっこになっていた。
  「今は?あんずは何も飼ってないの?」
「実家にはイヌが3匹いてるよ。なんか獣医来て勉強すればするほど自分のイヌが病気じゃないかドキドキするよな」
「うん。ともんちもイヌだったよね」
「んー、毎日会ってるから特に感傷的にはなんねぇけどな」
「そっかぁ、私もイヌ飼ってるけど超ホームシックだよぉ。私の心の一番の支えはあの子だと思ってるもん。でも牧場は動物いっぱいで楽しかった」
笑顔。
「今 一人暮らしでは何も飼ってへんの?うちのハムスターが子ども産んだら一匹あげよか?」
「ハムスターかぁ。飼ってたことあるんだけどね。私まだ動物の死期に向き合えると思えないんだな」
困ったような笑顔――。

H16年8月23日(月)


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